高松高等裁判所 昭和41年(く)28号 決定 1966年10月20日
被告人 樋渡憲一
決 定 <被告人氏名略>
右の者に対する窃盗、公務執行妨害、傷害被告事件について、昭和四一年一〇月七日高松地方裁判所がなした保釈請求却下決定に対し、保釈請求者たる弁護人三野盛一から抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原決定を取り消す。
別紙記載の条件の下に被告人の保釈を許可する。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は、弁護人三野盛一作成名義の保釈請求(刑訴八八条)却下に対する抗告と題する書面に記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、要するに、本件につき、裁量保釈の請求をしたのに拘らず、原審は、権利保釈の請求と感違いして、被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮にあたる罪を犯したものであるとの理由のみで保釈請求を却下し、裁量保釈の当否についての判断を遺脱しているのは理由不備であるのみならず、現段階において被告人に対し裁量保釈が許されて然るべきものというのである。
よつて、先ず記録を精査すると、次の経過が明らかである。
(一)被告人は、昭和四一年八月一〇日、軽四輪貨物自動車一台及び中古自転車の一台の各窃盗並に無免許運転の三個の被疑事実につき勾留状の執行を受け、同年八月一九日、右二個の窃盗罪により、原裁判所に起訴せられ、同年九月八日第一回公判において、右窃盗の各事実を認め、既ね証拠調を終えているが、更に同年九月一三日、公務執行妨害及び傷害罪により追起訴せられたので、同年九月一三日第二回公判より併合審理を受けるようになり、右追起訴事実については争があるところより、審理が続行されている。
(二)この間昭和四一年九月一三日付弁護人の勾留の取消又は職権による保釈又は執行の停止請求は、原裁判所より却下され、更に同月一四日付弁護人の保釈請求も却下されたところより、同月一六日弁護人より抗告の申立があり、同月二四日、高松高等裁判所第一部は、本件においては、勾留事実につき被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある場合に該当しないが、被告人は常習として長期三年以上の懲役にあたる罪を犯したもので、刑訴法八九条三号に該当し、権利保釈の認められる事情になく、また被告人が本件窃盗の犯行に及んだ経過、その態様、並びに被告人の生活環境等に照らし、裁量保釈を許容するのが相当であると認めるに足る事由は存しないとして、右抗告を棄却したものであるが、弁護人においては、なおも、同年一〇月七日、原裁判所に対し保釈の請求をし、同日右請求を却下されたので、本件抗告に及んだものである。
次に、所論に鑑み、原決定をみるに、保釈請求却下の理由として、「被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮にあたる罪を犯したものであり、なお勾留継続の必要があること」と記載されているところよりすると、弁護人主張の如き裁量保釈の請求に対し原審裁判所は、刑訴八九条三号の場合に該当する被告人につき、「なお勾留継続の必要がある」ものとして、裁量保釈を許容しなかつたものと解せられるので、原決定には弁護人主張の如き理由不備の違法はない。
更に、原裁判所における審理の現段階において、被告人に対し裁量保釈を認めるのが相当であるかどうかについては、追起訴事実につき新たな勾留をしないで審判が継続されている本件審理の経過(実務上は、二重勾留の必要または利益がある場合のほかは、追起訴の場合に「別件勾留中」として、別に令状を請求しないで、既に行われている勾留を利用して審判をするのが通例のようであるが。)に徴すると、本件勾留の効力が、実質的にどの程度追起訴事件に及んでいるか慎重な考慮を払うべきものと思料するが、およそ被告人の勾留は、罪を犯したことを疑うに足る相当の理由がある場合に、その犯罪事実について、審判の円滑な遂行を保障するため、当該犯罪事実を単位として行われるのが建前であり、勾留の理由その必要の有無、勾留期間の更新事由の有無、保釈の適否等も形式的には、すべて当該勾留にかかる犯罪事実のみを基準として決定されるべきものであり、この一事件一勾留の原則は被告人の身柄拘束を持続する方向に不当に緩和することは許されず、追起訴事実のみの審理のため必要な身柄の拘束は、新たな勾留によるべきものと解せられるので、本件において勾留事実たる窃盗については、事案が比較的軽微な上に、一応その審理が終了し、しかも起訴以来二箇月の勾留期間も経過した現在においては、記録に現われている被告人の前歴、前科、生活環境等諸般の事情を考慮するも、被告人に対する本件の勾留については、裁量保釈を認めて然るべきものと解する。この点において原決定は不当であり、本件抗告は理由がある。
よつて、刑訴四二六条二項により、原決定を取り消し、本件保釈請求に対し更に裁判する必要があるものと認め、その請求を許可することとするが、被告人は、少年時代窃盗罪により中等少年院に送致せられたことがある外、昭和四〇年一月一九日恐喝罪により懲役一年に処せられ保護観察付三年間の執行猶予中であり、雇主である恵比須喜三郎以外には身寄も監督者もなく、老令且つ眼の不自由な右恵比須の身元引受には一抹の不安もある等諸般の事情を勘案すると、被告人には逃亡のおそれが多分にあるものと認めざるを得ないので、その出頭確保のためには、相当多額の保証金を必要とするものと認め、主文のとおり決定する。
(裁判官 加藤謙二 木原繁季 越智伝)
別紙保釈条件<省略>